 
全国の諸教会から来てくださった多くの先生方、教会学校スタッフの皆様、ラブリに来ていただいて本当にありがとうございました。とは言うものの…実は、この私は今年4月、研修を受けるためにラブリに来させていただいたばかり、最近まで「迎えられる」側だったばかりの者なのです。ですから、今回はラブリに染まり切っていない視点からひと言書かせていただきたいと思います。
多くの皆さんはラブリに来られておそらく何かに驚かれたのではないでしょうか。歓迎、若さ、明るさ、元気、笑顔、霊性、細やかさ、祈り、食事・・・などなど。私もズーっとそうでしたのでその気持ちよーく分かります。子供たちの様子ももしかしたら“規格外”のように感じられたかもしれません。
でも、私がラブリに来て分かったことは、実はラブリは「特に変わったことはしていない」ということなのです。こどもたちもいたって普通、教会学校教師も普通、祈るということも普通、何かを考えたり実際に準備したりすることも普通です。上辺を見ると凄い人が多いように感じるかもしれませんが、実際はホントに普通。本当にそうだと思います。
それでも違うことがあるとすれば、普通にやることを「積み重ねている」のがラブリだと思います。一つ一つ、ゆっくりでも着実に、失敗しても決して止めず、少しずつ下手でも積み重ねる。講義でも語られた「練習概念」がこれ、取り組んだロールプレイが具体例だと思います。普通のことでも、それがいつしか積み重なると驚きになる。いやナッチャッタのだと思うのです。
ラブリに出会った時、私はそれまでの自分の歩みを振り返ってその愚かさに失望しました。積み重ねがほとんどなく、その場しのぎ、空を打つような拳闘、無我夢中の努力が多かったかと気づかされたからです。本当にガッカリでした。でも挑戦せず留まり続けるなら将来も大したものは出てないという思いがありました。ですから私はまずは一つ。次にまた一つという形で真似し始めました。失敗はいつもありましたが、それで経験を積み重ねたと感謝して受取り続けています。でも感謝なことに失敗以上に恵みが多いのに驚かされました。そして今は、この歩みに安心と将来の希望を感じます。実際、それは他の教会からも素晴らしい取り組みと恵みの証しとして聞こえてきます。
積み重ねていくことにこだわるために、充実した教材があります。動画配信があります。何よりも手伝いを惜しまないラブリ教会があります。それらを存分に活用させていただきましょう!(私のように!笑)。そして一緒に素晴らしい主の業を体験し、一緒に主を称えたいと心から願っています!ラブリは全然すごくありません。御言葉の積み重ねがすごいのです。
アサノタクヤ(牧師・4月からラブリで研修中)
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